「政治とは大規模な医療にほかならない。ルドルフ・ウィルヒョー(ドイツの病理学者、政治家。細胞病理学の創…」室生 暁|解剖学研究者のスレッド

941922022-10-04 08:18:56

政治とは大規模な医療にほかならない。 ルドルフ・ウィルヒョー (ドイツの病理学者、政治家。細胞病理学の創始者。1821〜1902)

2022-10-04 08:18:56

こちらの本の内容をご紹介したいと思います。 『経済政策で人は死ぬか?公衆衛生学から見た不況対策』

2022-10-04 08:20:32

突然ですが、みなさんの周りにこんな人はいませんか? 「医療費は無駄だ」 「社会保障を削れ」 「病気は自己責任だ」 「日本に経済的余裕は無いのだから、老人を治療する必要は無い」 「こんな高福祉では国が破綻する」 って言う人、いますよね。

2022-10-04 08:21:18

この本を読むと、国全体の医療、社会保障、経済について、科学的にどういうことが言えるのか、わかります。 そして、このような主張が、道徳的に間違っている、人権の問題として間違っている、だけでなく、医学的に、そして政策科学的に間違っていることがわかります。

2022-10-04 08:22:12

この本は、こんなまえがきから始まります。 「このたびは臨床試験にご参加いただき、ありがとうございます」 え?そんなものに参加した覚えは無いんだけど… と思うわけですが、

2022-10-04 09:16:20

2008年のリーマンショックとその後の世界的な不況の時代に生きていた人は全員、ある臨床試験に自動的に参加していました。 しかし、この臨床試験はインフォームドコンセントや安全管理とは無縁の試験であり、治療にあたったのも医師や看護師ではなく、政治家や財務大臣、エコノミストたちでした。

2022-10-04 09:17:25

この臨床試験には、世界中で数十億人の人々が自動的に参加しましたが、主な治療薬は二種類あり、皆さんはそのどちらかを投与されたことになります。 2種類の治療薬とは、積極財政政策と、緊縮財政政策です。

2022-10-04 09:22:03

ここで言う積極財政政策とは、社会的セーフティネットへの政府支出を積極的に行うことを意味します。 それに対し、緊縮財政政策とは、政府債務や財政赤字の増大といった症状の緩和を目指す薬のことで、具体的には健康保険、失業者保険、住宅補助等への政府支出の削減を意味します。

2022-10-04 09:22:07

このような2種類の薬の比較試験は、リーマンショックが初めてではなく、過去に何度も行われていました。 例えば、1929年のアメリカ大恐慌や、1997年のアジア通貨危機です。

2022-10-04 09:31:48

これらの臨床試験の結果を調べるうちに、この本の著者たちは、あまりにも基本的で、今まで意識していなかったことに気付いたのです。 それは、経済政策は経済成長や財政赤字のみならず、文字通り国民の生死にかかわるものだということです。 それが、この本のテーマなのです。

2022-10-04 09:32:33

ここで、著者の2人をご紹介しましょう。 デイヴィッド・スタックラーは、公衆衛生学、政治社会学の研究者です。 サンジェイ・バスは、医師であり、疫学の研究者です。

2022-10-05 01:04:59

2人は10年以上にわたって経済危機の健康への影響を研究してきました。 その研究成果は、ランセット、ブリティッシュメディカルジャーナルなどの科学雑誌、医学雑誌、さらに経済や社会科学雑誌にも発表されてきました。

2022-10-05 01:05:03

この本は、そのように学術論文として発表された知見を、一般向けに平易な言葉でわかりやすくまとめた本になっています。

2022-10-05 01:05:08

医療の世界では、薬や治療の効果を評価するために大規模なランダム化比較試験が行われます。

2022-10-05 10:59:45

しかし社会経済政策となると、そのような実験を行うのは現実的ではありません。 そこでデイヴィッドとサンジェイは、いわゆる「自然実験」を利用しました。 自然実験とは、研究対象にしたい状況に極めて似た状況を過去の歴史の中から探してくる方法です。

2022-10-05 10:59:48

彼らの研究の目的は経済政策の健康への影響を明らかにすることなので、 まず、同じ不況に巻き込まれた地域を探してきます。これは例えるなら、同じ不況という病気にかかった人々です。 それに対して、異なる政策が実施された事例を見つけます。これは例えるなら、異なる治療薬が投与されたということ。

2022-10-05 10:59:50

ある人々には政策Aが実施された、またある人々には政策Bが実施されたとすると、 それらの政策がそれぞれどのような結果を生んだかについて、現実のデータを分析することで、比較試験が出来るわけです。 経済政策が健康にどのような影響を及ぼしたのか、科学的に調べることができます。

2022-10-05 10:59:52

本書の内容から、3つの比較試験をご紹介しましょう。

2022-10-05 10:59:54

臨床試験#1 1929年 アメリカ大恐慌

2022-10-05 11:03:08

大恐慌について、みなさんはどんなイメージをお持ちですか? ものすごい不況、不景気で、消費が減り、給料が減り、貧困が増え、人々の健康状態が悪化する、社会の公衆衛生が悪化する。 そんなイメージがあるのではないでしょうか。

2022-10-05 11:03:10

本書の著者の2人、デイヴィッドとサンジェイは、アメリカ公衆衛生局に保管されている記録に基づいて、大恐慌時代の人々の死因やその背景を調べました。 すると、大恐慌が人々の健康や生死に与えた影響は一律でないことがわかりました。

2022-10-05 11:03:12

場所によっては、大恐慌期にそれまでよりも死亡率が下がったり健康状態が改善されたりしたところがあったのです。 国民の健康は経済状況と無関係では無いけれど、どうやら健康を左右する最大の要因は政治的選択だと言えそうです。 同じ不況であってもどういう不況対策を取るかによって結果が違ってくる

2022-10-05 11:03:14

アメリカ大恐慌時代のデータから学べることは、対策によっては不況下でも国民の健康促進は可能であり、またそれが経済そのものの回復にも一役買うということです。

2022-10-05 11:03:16

見ていきましょう。 時は1930年代アメリカ。 大恐慌、または世界恐慌と呼ばれる深刻な経済恐慌は、1929年9月のアメリカの株価の大暴落から始まり、その影響は世界中に広がりました。 1930年代後半まで続いたその不況は、20世紀の中で最も長く、最も深く、最も広範な不況であったと言われています。

2022-10-05 11:05:45

大恐慌のただなかで経済は混乱を極め、民間を含めたアメリカの総債務は、対GDP比300%まで跳ね上がって史上最高を記録していました。

2022-10-05 11:05:47

そんな状況の中で、1932年の大統領選に向けて、アメリカの世論は二極化していました。 さらなる経済崩壊を食い止めるために国の予算を削るべきだと主張する人もいれば、 経済救済のために国の支出を増やし、大恐慌の犠牲者への社会保障政策を充実させるべきだと主張する人もいました。

2022-10-05 11:05:49

大統領選は共和党の現職大統領ハーバート・フーバーと、民主党のフランクリン・ルーズベルトの戦いです。 フーバーは貧困にあえぐ国民に「自助努力が必要だ」と説きました。仕事や家を失った人に手を差し伸べるのは政府ではなく、民間の慈善団体や地方自治体であるべきだと考えていたのです。

2022-10-05 11:05:51

一方、ルーズベルトは土地を失った農民や解雇された工場労働者たちを助ける社会保障政策を公約に入れました。 選挙に勝利し、大統領に選ばれたのはルーズベルトでした。

2022-10-05 11:05:52

ルーズベルトは民主党大会の指名受諾演説でこう述べました。 「わたしはあなた方に誓う。わたしは私自身に誓う。アメリカ国民のために新しい政策(ニューディール)を実施することを」 ルーズベルトはニューディール政策とよばれることになった経済政策の一環として、数々の画期的な政策を実施しました

2022-10-05 11:14:58

連邦緊急救済法と雇用促進局の設立によって様々な建設事業がスタートし850万人分の雇用を生みました。 住宅所有者資金貸付会社によって住宅ローンの返済が難しい人を支援し100万件の住宅差し押さえを未然に防ぎました。 食糧費補助制度によって低所得者も基本的な食料を手に入れられるようになりました

2022-10-05 11:14:59

公共事業局の設立によって病院を増やし、低所得者も予防接種を受けられるようにしました。 社会保障法の制定により貧しい高齢者に救いの手が差し伸べられました。 ルーズベルトはこのように、不況で苦しむ国民を救済するために、政府支出を増やして公的な支援を充実させる、積極財政政策を行ったのです

2022-10-05 11:15:01

しかし、実は、ニューディール政策の実施状況は、アメリカ全土で一律に実施されたわけではなかったのです。 州によってその実施状況にばらつきがあったのです。

2022-10-05 11:15:03

ここで、自然実験#1です。 今回の比較試験は、ニューディール政策に積極的に取り組んだ州、例えばルイジアナ州と、ニューディール政策の実施に消極的だった州、例えば、ジョージア州やカンザス州、この両者を比べます。 前者は積極財政を行った州、後者は緊縮財政を行った州と言い換えてもいいでしょう

2022-10-05 11:15:05

図示するとこのようになります。 アメリカ大恐慌という同じ不況に巻き込まれた人々に対し、ルイジアナ州では積極財政という治療が、ジョージア州やカンザス州では緊縮財政という治療が行われた、というわけです。 その結果、国民の健康や経済状態がどうなったか、比較してみましょう。

2022-10-05 11:16:19

まず、どのような政策が実施されたのか ルイジアナ州は、年に州民一人当たり約50ドルにあたる金額を社会保障政策に支出しました。 それに対し、ジョージア州やカンザス州は、その半分、約25ドルでした。緊縮財政を行った州の中には、これ以上赤字を増やせないと社会福祉予算を削減した州もあったのです

2022-10-05 18:15:06

ルイジアナ州は新たに栄養プログラム、衛生プログラム、公衆衛生教育プログラムを実施。 公立病院を拡充し、州民の約7割が無料で予防接種を受けられるようにしました。 さらに成人のための夜間学校を開校し、州立大学に医学部を新設しました。 これら全てが未曾有の経済危機のさなかに行われたのです

2022-10-05 18:15:08

それでは、比較試験の結果を見てみましょう。 両者の、当初の経済状況や公衆衛生状態はほぼ同じでしたが、積極財政を行った州と、緊縮財政を行った州で、政策を実施したその後、著しい差が現れました。 なかでも高い相関がみられたのは、伝染性疾患による死亡率、小児死亡率、そして自殺率でした。

2022-10-05 18:15:10

ニューディール政策に一人当たり100ドル支出するごとに、肺炎による死亡者が10万人当たり18人減りました。 伝染性疾患の減少が特に大きかったのは、ニューディールの住宅政策によって過度の過密状態を回避できた州でした。

2022-10-05 18:20:01

ニューディール政策に一人当たり100ドル支出するごとに、乳児死亡数が出生時1000人当たり18人減少しました。 ニューディール政策の建設計画・改築計画のおかげで、貧困地区のスラム化や人口過密を避けることができ、小児の下痢や呼吸器感染症を防ぐことができたのです。

2022-10-05 18:20:02

ニューディール政策に一人当たり100ドル支出するごとに、自殺者が10万人あたり4人減りました。 ニューディール政策が始まった1933年に自殺率は上昇から下降に転じています。

2022-10-05 18:20:04

当時のアメリカの医学界も死亡率の改善傾向を高く評価しました。 アメリカ医師会会長だったウィリアム・ウェルチは、公衆衛生への政府投資は、単に国民の命を救い、生活の質を向上させるだけではなく、経済にもプラスに働く健全な投資であると主張しました。

2022-10-05 18:20:06

さらにニューディール政策(積極財政政策)は死亡率の低下だけではなく、景気回復の加速にも役立ちました。 アメリカ人の平均所得は政策の開始後すぐに9%上昇、それが消費を押し上げ雇用創出を下支えしました。 そして結果的にニューディール政策が景気回復を助け、国の債務は減る方向へと動きました。

2022-10-05 18:20:08

臨床試験の結果は明らかではないでしょうか。 ニューディール政策は経済と公衆衛生の両面で、長期的・持続的な効果をもたらしたのです。

2022-10-05 18:23:09

臨床試験#2 1997年 アジア通貨危機

2022-10-05 18:23:10

続いて、時代は1997年、場所はアジアへ移ります。 この年のタイで起こったのがアジア通貨危機です。 アメリカのヘッジファンドなどの機関投資家による通貨の空売りに惹起され、タイを中心にアジア各国で急激な通貨下落、金融危機、経済危機が起こりました。

2022-10-05 18:28:59

アジア通貨危機の影響で、1997年以降、タイとその周辺国では貧困率が上昇していました。 この時の東アジアは、大恐慌時のアメリカとよく似た状況に陥っていたのです。

2022-10-05 18:29:03

この時に、タイ政府が頼ったのが、国際通貨基金(IMF)の緊急融資でした。 IMFとは何でしょうか。

2022-10-05 18:29:08

IMFは、第二次対戦後、1946年に設立された国際機関です。 その目的は、グローバルな市場の不安定な動きを和らげ、急激な変動がもたらす危害から人々を守ることです。 そんなIMFは、経済危機に陥った国の政府に融資を行い、その帳尻合わせを助けてきました。 しかし、その融資には条件が付いていました

2022-10-05 18:29:12

その条件とは、国営企業の民営化や、規制撤廃による自由化、財政支出の削減といったものです。 特にこの財政支出の削減には、医療、福祉や、公衆衛生関連の予算削減も含まれています。 これはニューディール政策とは真逆の、緊縮財政政策と言えるでしょう。

2022-10-05 18:29:14

IMFの考えはこうでした。不況から抜け出すためには国の財政を黒字に保つ必要がある。財政黒字によって投資家の信用を得られれば早期の景気回復が可能になり、結果的に人道的大災害を食い止められる。 しかし過去の膨大なデータを見ればこの理屈が納得できるものでも賢明なものでも無いことは明らかです

2022-10-06 18:16:51

経済危機に陥ったタイ政府はIMFに助けを求め、その条件を飲みました。

2022-10-06 18:19:58

しかし実は、アジア通貨危機の直撃を受けた国の全てが同じ選択をしたわけではありませんでした。 IMFを頼り、その条件に従って財政支出を削減した国もあれば、逆に支出を増やし国民の生活を支える社会保障政策に追加投資した国もあったのです。

2022-10-06 18:20:00

これが自然実験#2です。 今回の比較試験はIMFの条件付きの支援を拒否して独自の積極財政政策を行った国マレーシアと、IMFの融資を要請しその条件に従って財政支出を削減した国タイ、インドネシア、韓国といった国々。この両者を比べます。 前者は積極財政を行った国、後者は緊縮財政を行った国です。

2022-10-06 18:20:02

アジア通貨危機という同じ不況に巻き込まれた人々と、国々。これらの国々の、アジア通貨危機が起こった当初の経済状況は似たり寄ったりでした。 アジア通貨危機の影響を受け、各国は1998年にGDPが大幅に減少。マレーシアでは34%、タイでは27%、インドネシアでは56%、韓国では30%GDPが減少しました。

2022-10-06 18:22:04

それに対し、マレーシアでは積極財政という治療が、タイやインドネシアや韓国では緊縮財政という治療が行われた、というわけです。 その結果、国民の健康や経済状態がどうなったか、比較してみましょう。

2022-10-06 18:22:07

マレーシアはIMFの条件付き支援を拒否し独自の道を選びました。予算削減どころか70億リンギットの財政出動を行い、社会保障への支出を増やし、セーフティネットの強化を行いました。1998年から99年にかけて医療費支出を8%増額。公共医療機関の受診者数が18%増加しました。食糧費補助やワクチン接種も。

2022-10-06 18:31:22

タイ、インドネシア、韓国はIMFの緊急融資を受ける代わりに、IMFの要請に従いました。IMFの融資の条件、その要求は、保健医療支出の削減、福祉予算の削減、食糧費補助の削減、いっそうの市場開放、規制緩和、民営化などでした。 IMFの要請に従い、タイ政府は1998年に国の保健医療支出を15%削減しました

2022-10-06 18:31:24

インドネシアも98年に13%削減。 通貨が暴落した国では輸入品の価格が高騰します。医薬品の価格の上昇は大きな痛手でインドネシアでは公共医療機関のコストが一気に67%上昇。医薬品の高騰に政府支出の削減が重なり、医療から人々の足が遠のきました。保健医療支出の削減が強烈な受診抑制となったのです

2022-10-06 18:31:26

積極財政を行った国と緊縮財政を行った国では、政策を実施したその後、著しい差が現れました。 例えば貧困率、1997年から翌年1998年にかけて、マレーシアの貧困率は7%から8%への小幅な上昇にとどまりました。 一方、インドネシアは15%から33%へ、韓国では11%から23%へ、貧困率が急上昇しました。

2022-10-06 18:31:28

タイでは1998年から感染症による死亡率が上がり、その後の5年間で肺炎、結核、HIVによる過剰死亡者数が五万人を超えました。 インドネシアでは乳児死亡率が14%上昇しました。 これらの保健医療予算を削減した国では、栄養失調やHIV感染も急増しました。

2022-10-06 18:31:30

貧困に陥る危険性が高まった原因は不況そのものにありました。 しかし、それが公衆衛生上の大惨事、貧困率の上昇、感染症による死亡率の上昇へと発展したのは、食糧費補助や失業者支援の予算が削られたからです。 つまり、不況の影響をどの範囲で食い止められるかは政策次第ということです。

2022-10-06 18:31:32

東アジアで人々の健康が脅かされたのは、不況が必然的にもたらした結果ではなかったのです。 貧しい人々を飢餓に追いやり、国民を医療から遠ざけたのは、政府支出の大幅削減だったのです。

2022-10-06 18:31:34

さらに、この比較試験の結果、差が出たのは国民の健康面だけではありませんでした。 国の経済状況にも大きな差が出ました。 マレーシア、タイ、インドネシア、韓国のなかで、最初に景気が回復したのは、IMFの支援を拒否して独自の積極財政政策を行ったマレーシアでした。

2022-10-06 18:31:38

マレーシアは国が市場に介入するという独自路線を貫いた結果、国民の経済状態や健康状態が他国ほど大幅に悪化することなく、しかも景気を迅速に回復させることができたのです。 一方インドネシアは大きな経済的損失を被りました。緊縮財政政策の結果、経済成長率はマイナス13%という結果に終わりました

2022-10-06 18:31:50

IMFが要請した緊縮財政政策の失敗を、IMF自らが2012年に認めています。 IMFが要請した緊縮財政政策と自由化によって、東アジアが当初の試算の三倍の経済的損失を被ってしまった、というのがIMFの見解です。

2022-10-06 18:33:31

臨床試験 #3 2008年 リーマンショック

2022-10-06 18:33:33

2008年にアメリカの投資銀行、リーマン・ブラザーズ・ホールディングスが経営破綻したことにより、世界規模の金融危機が発生しました。 ヨーロッパの国々、例えばアイスランドやギリシャもその嵐に巻き込まれました。

2022-10-07 09:33:30

ここでは、アイスランドとギリシャの状態を見ていきます。両国はどのような財政状態だったのか。 アイスランドの対外債務は9兆5000億クローナ、GDPの9倍にまで膨れ上がっていました。対GDP比900%の債務です。 ギリシャの政府債務は2007年には対GDP比105%でしたが、2010年には143%まで膨らみました。

2022-10-07 09:33:32

そこで救済に乗り出したのがおなじみIMFです。 IMFは支援の条件として、厳しい緊縮財政政策を求めました。 1997年のマレーシアやタイと同様に、IMFの条件付き支援を受けるかどうかの選択を迫られたのです。

2022-10-07 09:33:33

アイスランドでは、IMFの条件付き支援を受けるか、その判断は国民投票にゆだねられました。 国民投票で93%がノーと答えました。 IMFの支援を拒否、その条件である緊縮財政政策を拒否したのです。 一方、ギリシャはIMFの条件付き支援を受けることを決めました。

2022-10-07 09:33:35

ここで、自然実験#3です。 今回の比較試験は、IMFの条件付きの支援を拒否して、独自の積極財政政策を行った国、アイスランドと、IMFの緊急融資を要請し、その条件に従って財政支出を削減した国、ギリシャ。 この両者を比べます。 前者は積極財政を行った国、後者は緊縮財政を行った国といえます。

2022-10-07 09:36:46

図示するとこのようになります。 リーマンショックという同じ不況に巻き込まれた人々。 それに対し、アイスランドでは積極財政という治療が、ギリシャでは緊縮財政という治療が行われた、というわけです。 その結果、国民の健康や経済状態がどうなったか、比較してみましょう。

2022-10-07 09:36:48

IMFの支援を拒否したアイスランドは社会保障政策を維持、むしろ積極的に拡大しました。 2007年にGDPの42.3%だった政府支出を、2008年に57.7%にまで増やしました。 医療関連予算を一人当たり45万3千クローナへと増額。社会保障支出の全体としては3790億クローナへと増やしています。

2022-10-07 09:36:50

これにより、基本的な医療サービスが維持され、医療へのアクセスが低下することはありませんでした。 また、食糧費補助、住宅支援、所得補助、再就職支援といった制度も維持されました。 公的職業安定所関連の予算も大幅に増やしています。

2022-10-07 09:36:52

IMFの条件付き支援を受けることを決めたギリシャ。 その条件は財政収支の改善、金融セクターの安定化、構造改革といったものでした。IMFが求めたのは歳出の大幅削減(社会保障費の削減、公務員の解雇、公務員給与の削減、年金の凍結)、国営企業の売却、付加価値税の引き上げ、燃料税の引き上げでした

2022-10-07 09:39:11

IMFの勧告をうけてギリシャ政府は公衆衛生予算を40%削減しました。 エイズ対策予算を含む、感染症予防対策予算は大幅に削られました。 病院の予算削減も行われ、病院は必要な医薬品、医療物品を調達できなくなり、抗生物質といった基本的な薬品も不足し始めました。

2022-10-07 09:42:31

さらに購入代金の支払いが滞ったため、製薬会社がギリシャ市場から撤退する騒ぎにもなり、ギリシャ国内の雇用喪失にもつながりました。 病院や公衆衛生関連予算の削減に伴い、医師や公衆衛生に関わる職員が3万5千人削減されました。診察の待ち時間は耐え難いほど長くなり、受診を諦める人が増えました

2022-10-07 09:42:33

医薬品の高騰により自費で治療を受けられない人が民間病院から公立病院へと移り、公立病院の患者数が25%増加し、それがさらに病気の待ち時間を長くしました。 医薬品が高くなり、治療を諦める人も出てきました。必要な治療を受けられなかった65歳以上の高齢者は6万人に上ると試算されいます。

2022-10-07 09:42:35

それでは、比較試験の結果を見てみましょう。 アイスランドでは2007年から2010年まで死亡率は一貫して下がり続けていました。自殺にも心臓発作にもうつ病にも、顕著な増加は見られませんでした。 結局、未曾有の金融危機に見舞われたにも拘わらず、アイスランドに深刻な健康危機は発生しなかったのです

2022-10-07 09:47:43

ギリシャでは住宅の差し押さえが急増、社会保障システムが崩壊、ホームレス人口は2009年から2011年で25%増加しました。 自殺者が急増し、特に男性は2007年から2009年にかけて自殺率が24%も上昇しました。

2022-10-07 09:47:45

感染症の発症率も急上昇しました。 ウエストナイルウイルス感染症が大量発生し、2010年には9人の死亡者も出ています。 なんとマラリアも大量発生しました。ギリシャでマラリアが発生したのは1970年代以来のことでした。 HIV感染症も急増しました。

2022-10-07 09:47:46

そして、差が出たのは国民の健康面だけではありませんでした。国の経済・財政状況にも大きな差が出ました。 アイスランド経済は2012年には3%の伸びを達成し、失業率も5%を切りました。 リーマンショックの影響で多くのヨーロッパ諸国が苦しみ続ける中、アイスランドは経済回復に成功したのです。

2022-10-07 09:47:48

ギリシャはIMFから巨額の資金援助を受け、大胆な緊縮財政政策を実施しましたが、それにもかかわらず、2011年に入ってもギリシャ経済は回復の兆しさえ見えませんでした。 政府債務残高は増え続け、2011年にはGDPの160%を超えました。 経済も財政も、より悪化したのです。

2022-10-07 09:47:49

ここまで、3つの比較試験を見てきました。 積極財政政策と緊縮財政政策 どちらがどの程度有用か。具体的に検討が必要でしょう。

2022-10-07 12:08:09

その際、カギになるのが政府支出乗数と呼ばれる値です。

2022-10-07 12:08:12

政府支出乗数とは、政府支出を1ドル増やしたときに国民所得が何ドル増えるかを表す数値で、1より大きければ政府支出がそれなりの経済効果をもつことを意味します。 1より小さければ効果は期待できず、むしろその分を民間部門にゆだねた方が効率がいいと考えることができます。

2022-10-07 12:08:14

筆者は実データで政府支出乗数を検証。ヨーロッパ25か国、アメリカ、日本の過去10年以上に渡るデータから各分野の政府支出の増額・削減がどのような結果を生んだか調べました。その結果、政府支出乗数は全体では1.7という事がわかりました。無理な予算削減は景気後退をもたらしかねないという結果です

2022-10-07 12:08:16

特に注目すべきは分野別の政府支出乗数であり、医療分野と教育分野では、政府支出乗数がどちらも3を超えていました。

2022-10-07 12:08:18

保健医療と教育関連の政府支出は短期的にも長期的にも経済的見返りが期待できます。短期的にはいずれの分野も予算をしっかり吸収して、それを教職員や医療関係者の雇用、関連企業の活動に変えることができます。長期的には人的投資に繋がり健康で教育レベルの高い人材が市場に供給されることになります

2022-10-07 17:45:40

緊縮財政に関しては2012年にIMF自身が間違いを認めました。それまでIMFは政府支出乗数を一律で0.5と想定し、緊縮財政が景気回復につながると考えていました。しかし、アジア通貨危機におけるタイの事例やリーマンショック後のギリシャの事例を見る限り、その想定は外れていたという結論に達したのです

2022-10-07 17:45:42

IMFは政府支出乗数を算出し直し1以上であるとの結論を出しました。チーフ経済学者は「緊縮政策が雇用と経済に及ぼす負の影響を過小評価していた」と述べました。支援のはずの救済策は、実際には雇用減少、消費低迷、投資低迷、信用失墜といった負のスパイラルを招き、その弊害が健康危機に表れたのです

2022-10-07 17:45:44

欧米の過去の例を見ても、保健医療分野は景気低迷期でも成長しうる数少ない分野の一つです。 ここへの投資は雇用を生み(看護師、医師、技師)、技術開発を促し(実験研究、イノベーション)、根本的な景気刺激策となるのです。

2022-10-07 17:45:45

最後に、本書のポイントをまとめます。

2022-10-07 17:49:22

金融危機や経済危機などにより、多額の債務に直面している国には、医療や食料費補助、住宅補助といった社会保障に支出する余裕などないと思う人は少なくないでしょう。

2022-10-07 17:49:24

しかし、これは間違っています。

2022-10-07 17:49:25

現実のデータに基づけば、ある種の積極財政、すなわち社会保障政策への予算投入は短期的に経済を刺激し、結果的に債務を減らすことにつながる、ということがわかっています。 そうした政策への1ドルの投資は3ドルの経済成長となって戻ってきて、債務返済にも充てられるようになります。

2022-10-07 17:49:27

逆に緊縮財政政策の結果を調べてみると当初の意図に反して景気低迷を長引かせる結果に終わっています。急激な予算削減で需要が冷え込み、失業者が増え、負のスパイラルが起こります。セーフティネットが働かなくなって感染症などの健康問題が拡大し、景気回復どころかかえって財政赤字が膨らんでしまう

2022-10-07 17:49:29

したがって、経済の健康と人の健康は二律背反の関係にあるわけではないのです。政府が医療や福祉などの社会保障に投資し、すなわち国民のニーズを満たすまで十分に支出し、国民の健康状態を良くすれば、それは国の経済や財政にとってもプラスになるということです。そして、それは逆もまた然りなのです

2022-10-07 17:50:35

“どの社会でも、最も大事な資源はその構成員、つまり人間である。したがって健康への投資は、好況時においては賢い選択であり、不況時には緊急かつ不可欠な選択となる。” 『経済対策で人は死ぬか?公衆衛生学か、見た不況対策』より

2022-10-07 17:51:40
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解剖学研究者/大学教員/医師/医学博士/解剖学YouTuber | 医学部在学中に解剖学研究に興味→初期研修医→大学院→大学教員(研究者)|骨盤底筋,膵臓,腎筋膜,肛門管,前十字靱帯,内閉鎖筋|1児の父|研究や解剖学について発信します。https://t.co/Xaemg2T7dK

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関連するスレッド

Dr.ナイフ @knife900
722352022-11-13 18:13:25

経済の議論を正しく行う上で最大のガンは「積極財政」と「緊縮財政」という間違った言葉遣い。言葉が間違っている上に、あの人は緊縮派とか積極派という、意味のないレッテル貼りと分断。 租税も金融政策も経済状況や時代によって柔軟に変化するもの。積極や緊縮という間違った概念は不要だし害です。

積極財政派は、人口減少・高齢化を政府支出で埋めると言っているだけ。 生産年齢人口が減ることによって、最も税金を払う人、物を買う人、働く人が減ることを意味する。 GDPは、働く人✖️一人一人が作る付加価値。 よって、働く人が減ると、大きな経済成長要因がなくなる。

積極財政の本質。今までの積極財政によって、GDP縮小を止めて来た。 これからも期待し過ぎては行けない。 1995年以降は、日本の生産年齢人口が1299万人も減っている。この年齢は労働者であって、最も消費をする年齢。 生産年齢人口が減ることによって、労働参加が増えても、GDPは中々伸びない。

いぶりだす渡 @watarinigou
8502022-08-14 06:16:34

子供を増やすために必要なのは2つの条件だけです。 1、小梨への懲罰 2、小蟻への優遇 政治は価値観や思想を直接的に操作できないので(間接的には操作可能)、懲罰と優遇は所得移転で成されます(正確には賦役でも可能)。 つまり、小梨に重税を課し、小蟻には控除する、それだけです。 →

1ページ目の消費税とインボイス制度の説明はいいですけど、そのあとの税金に関する説明はデタラメもいいところです。はっきり言って酷い。この種のなんでも国債発行すれば解決的な話は、経済学の理論をまったく無視したもので、反ワクチン言説などと同じく非科学的なデマです。 https://t.co/wyVH0mDbmV

そろ @solo_0505
922212022-10-26 20:40:45

https://t.co/8iad4t2Wjv 移民難民政策の失敗に苦しむ欧米の現状は対岸の火事ではない。 法整備も進まず外国人犯罪者を強制送還することすらできない国が移民・難民政策を始めれば、欧米以上に深刻な事態となる事は目に見えているにも関わらず、政府も、留学生や技能実習者の受け入れを拡大させている

仙人Hermit @Z4dxQW4fSWableD
791252021-08-11 01:23:02

#アビガン #イベルメクチン #PMDA アビガンの有効性は判断できないと言う厚労官僚、 イベルメクチンは有効性が確認できないと言う医師 そういう厚労官僚や医師は間違っているということを示すPMDAの内部報告書を要約して記載する https://t.co/KWWDrqp4Vy https://t.co/p4lU1qoLY1

松浦晋也 @ShinyaMatsuura
3853111342022-06-16 08:35:19

「消費税に代わる財源はどうする」という意見は、「信用に基づき通貨を発行する制度の下では、税は財源ではない」ということに気が付いていない議論です。税は通貨の信用を維持して実効的に流通させるための手段です。日本政府が円で徴税すれば、国民は必然的に円を経済活動に使わざるを得ないので。

スウェーデンでコロナウイルス感染抑制のためにロックダウンなど強制的手法が採られていないことが注目されています。しかし、日本語での言説を見ていると「死生観の違い」といった感覚的なものが主で社会の仕組みに着目したものが見当たらないので、後述の英語情報をもとに背景分析を連ツイします。

仙人Hermit @Z4dxQW4fSWableD
29332021-10-25 18:25:20

1) インドについて 米国メディアMSNが9月19日に報じた内容を紹介する インドのウッタル・プラデーシュ州がコロナ感染爆発から驚異的な感染終息 ー イベルメクチン中心の家庭用医薬品キットによる治療の成果をMSN(マイクロソフト・ニュース)が紹介(2021年9月19日)→2 https://t.co/kmv7RBfDdJ

1/ ウクライナの不都合な真実:金融編 多くの市民がウクライナの人達のために募金したお金 政府が国民の税金を使ってウクライナへの支援金として用意したお金 このほとんどがウクライナ政府を経由して、国際金融機関への借金返済として流れていく

仙人Hermit @Z4dxQW4fSWableD
51842022-06-25 18:23:50

COVID UPDATE: What is the truth? "医師が早期治療を行うことが許されていれば、これらの死の殆どは防げたはずだ " 権威ある科学専門誌「SNI - Surgical Neurology International」に掲載された論説記事「COVID UPDATE: What is the truth?」の筆者、 1/ https://t.co/mfcTeJsmt3

厚生労働省 @MHLWitter
3306432022-08-30 12:00:07

A.できるだけ、公的機関からの情報を確認しましょう。 厚労省では科学的根拠に基づいた情報を発信しています。続きは下記よりご確認ください。 https://t.co/2YKtFfak2D

lamer🍇 @AqUhjYw6oO9wS
022020-02-17 18:58:29

⑩ 【異次元緩和】をなぜ?2 上にあるように、個人であれ法人であれ、市中銀行であれ日銀であれ、普通預金であれ当座預金であれ、寝静まっている預金が貸し出しや消費として大きく動き流通を早めたらインフレ発生、この時、程度によっては政策では制御できない基本 あまりするべきではない理由がそれ

私は割と本気で、もう緊急事態宣言は出さない方が良いと思っています。 理由は簡単で、少なくともハイリスク者にはワクチン接種の機会が提供されたからです。 あと、リスク認知が下がった人は、どの道行動変容しないでしょう。 結局国が決めることなのであまり深入りしない方がいいかも知れません。 https://t.co/vLxMDcdqMV

規制緩和で農家支援を図るイギリスに対し、規制強化が進むオランダでは農家が廃業に追い込まれつつある。 オランダ財務省の公式発表では、11,200軒の農家が廃業を余儀なくされ、17,600軒が飼育頭数を大幅削減する必要があるという。 オランダ農家52,000軒の大半が大打撃を受けることになる▼ https://t.co/UfjpkhdV4a

仙人Hermit @Z4dxQW4fSWableD
13212022-05-10 00:46:42

「世界で『イベルメクチンより大きな物語』を今、私は知らない」と NY Times ベストセラー作家が書いた Nick Corbishley著 2021年5月26日 なぜジャーナリストは報道しないのか ニューヨークタイムズのベストセラー作家マイケル・カプッツォは「Covidを割った薬」と題する→ https://t.co/h8yIK6bTqE

akupiyo @akupiyocco
12292020-03-27 16:09:00

"2009年にはそれまで秘匿されてきた警察庁の自殺統計原票に基づく自殺データの公開を実現させた .さらに同団体の代表を務める清水康之はその後の内閣府参与への就任を機に政策の立案や実施に直接関与するまでに至った" / “小牧奈津子(2017)「自殺対策基本法制定後の政策過…” https://t.co/OAo52Ixjg2

仙人Hermit @Z4dxQW4fSWableD
26372022-04-26 17:47:04

コロナmRNAワクチン薬害の構造: 2020年12月ファイザーはFDAからCOVID-19ワクチンの緊急時使用許可(EUA)を取得した EUAとは公衆衛生上の緊急事態の際に、未承認の医薬品等の流通を許可するもの ベンタヴィア社の不正行為を含む試験データ提出の10週間後、EUAを認可 ↓ https://t.co/RMli7BfRo7

BK Yoo @bk_yoo
326154612022-05-14 13:20:46

研究者だけでなく世界中のエリート行政官・政治家が読むランセットという医学雑誌に、日本が先進国から脱落しつつあることを示唆する論文が先月出ました。私が作成したこの論文の解説資料を、所属する研究グループのホームページに5月9日に公表したので、ご高覧ください。https://t.co/Li5vXhcrcO