「個人的な研究として「気」と「機」の違い、関係性の研究をしている。そうすると「卦、化、鬼」などが浮上し…」光岡英稔のスレッド

9542021-04-16 03:13:05

個人的な研究として「気」と「機」の違い、関係性の研究をしている。そうすると「卦、化、鬼」などが浮上してくる。 その辺りに日本における「気」の歴史と、中国における「気」の歴史の繋がり、関係性、中国での時代による違いと日本での異文化に「気」が渡って来て独自変化した所などが観えてくる。

2021-04-16 03:13:05

また、機をみて下記の研究の進展は実技とともに紹介して行きたいと考えているが、少しだけ文字にして置こうかと思う。

2021-04-16 03:13:06

日本での気の経験の起源は、やはり平安時代中期(西暦900年)ごろから古墳時代中期(西暦400)まで遡らないと行けない。 それは倭国の古墳時代中期(西暦400年〜500年)あたりに大陸から儒教、仏教、道教、易などが到来し始めていることと関係する。

2021-04-16 03:13:06

よって古墳時代中期-後期にかけて気も機、卦、化、鬼なども既に日本に到来している。 これには易、卜や陰陽と五行説が絡んで来る訳だが、陰陽も五行説も気と機をベースに作られた経験的な体系であった故に、その辺りから既に気を業(わざ)として用いる術は存在していたことは明らかだろう。

2021-04-16 03:13:06

それが、日本では仏教、儒教、道教、陰陽道などの流れとなり、各派で潜在的、また顕在化しながら日本で独自の文化的変遷が始まったと考えられる。

2021-04-16 03:13:07

おそらく日本の化学や呪学の起源ともなる陰陽道・陰陽師と道教の法術にも既に気の経験や、気を読む経験は必要とされおり、当時の大陸の影響を受けた、当時の日本人も「気の経験」を自身の感性で導き出していたと考えられる。

2021-04-16 03:13:07

これに関連するが、中国大陸の化学や呪学の起源は後漢(25-220)の太平道などの道教の方士などが既に存在したことから起源は更に日本よりも遡る。 また伝説の時代まで考慮すると文王や太公望呂尚、武王(紀元前12〜11世紀)の時代にまで遡ることもできてしまう。

2021-04-16 03:13:07

たとえば日本の陰陽道は古墳時代に教えは大陸から入るも飛鳥、奈良、平安時代に来て安倍氏が一つの体系として纏めた。

2021-04-16 03:13:08

安倍氏は平安時代中期~後期以降に陰陽道宗家の家系になったが、その術は遡れば5世紀〜6世紀に大陸から伝流した、また道教由来なら4世紀頃の流入の可能性もある。実は陰陽道が安倍家によって纏められる前の日本に在った陰陽道や道教の法術の方が私個人としては研究対象として興味がある。

2021-04-16 03:13:08

この変遷の過程で失われた日本へ伝わった道教や儒教、陰陽道などに多流の業と術が多く存在していたと考えている。 そうなると大陸の儒教、道教、陰陽道のベースとなる陰陽、五行、卦、易、卜などを発見した身体観と感性が分からないと“何がどう伝来したか”など何も分からないことになる。

2021-04-16 03:13:08

そうすると春秋戦国時代(紀元前前770年-221年)の間に確立されていた五行説や陰陽説を理解するために、さらに商代(紀元前17世紀-10世紀)まで遡り、卜辞からなる易経まで遡り、その時代の感性と身体観を知る術が必要になってくる。

2021-04-16 03:13:09

ただ、これは気が遠くなるような話しなので、少し身近な所から始め、そこから遡るにしても最低ライン「気が如何に経験的に獲得されたか」を知るには「陰陽」と「五行」を発見した時代の身体観と感性の獲得は試みないと何も分からないまま誰しもが「気」を用いていることになる。

2021-04-16 03:13:09

五行思想は、戦国時代の陰陽家-騶衍(すうえん、紀元前305年頃 - 紀元前240年頃)が創始したが、これも遡ると易、論語、書経の影響から出来た河図洛書(かとらくしょ)のように方位が天体から先に体認され、後に元素記号になったのではないかと私は考えている。

2021-04-16 03:13:09

元素記号と人間が移動するための方位の発見なら方位が先かと考えられる。元素記号は少し文化的な成熟があってからではないかと思う。 また今は陰陽五行説と一緒くたに陰陽と五行が語られるが、この「陰陽」と「五行」は説として全く異なる時代に成立し、纏められている。

2021-04-16 03:13:10

陰陽に関しては、周(紀元前1046年 - 256年)の西周(紀元前1100年-771年)の時代に書かれた『詩経』では陰と陽とはもともと天候と関係する言葉であり、陰は曇りや日陰、陽は日差しや日向の意味として書かれている。

2021-04-16 03:13:10

あと、管 夷吾(かん いご、紀元前645年没)による『管子(かんし)』の陰陽論では明確に春の燥気・夏の陽気・秋の湿気・冬の陰気として寒暑の原因とされるとともに四季(四時)の気候が変化する要因として気が扱われている。

2021-04-16 03:13:10

また、昭公元年(紀元前541年)に書かれた『春秋左氏伝』では、天の六気として陰・陽・風・雨・晦・明とあり、ここで陰陽の気は寒暑の要因と考えられ、また昭公四年には陰・陽・風・雨が季節を特徴づける気候の要因として扱われている。

2021-04-16 03:13:11

日本に道教の法術や陰陽道が伝わる200〜300年も前に中国では道教の一派・太平道の冀州鉅鹿郡の張角は『太平清領書』に基づく道教的な悔過から得た呪術、妖術などの力による治病を行っていた。

2021-04-16 03:13:11

この後に黄巾の乱を起こし、率いた張角は具体的には山中で薬草を採ってきたときに南華老仙人に出会い『済民要術(太平要術)』という天書を三巻 授かり、妖術を覚え治病を行い太平道を広めたとされている。

2021-04-16 03:13:11

張角の治療法は病人に対し、先ずは当人に自分の罪を悔い改めてもらい、符水を飲ませ、九節の杖で呪術を行って治癒を行ったとされている。そして(先述の教義に則り)治癒の良否は当人の信仰心の篤さによるとした。

2021-04-16 03:13:12

それで多くの人たちか救われ、張角とその弟たち張宝、張梁の兄弟は、それぞれ「大医」と称されていた。太平道において教団の役割の大きな比重が当時の世の中での民の治癒行為に置かれていた。

2021-04-16 03:13:12

この道教の一派・太平道の教えは漢代/漢王朝 [前漢(紀元前206年 - 8年)、後漢(25年 - 220年)] に確立されるも、その実は儒教の書経に遡り、儒教の呪術的な部分や天文、占の部分に特化した讖緯(しんい)の説、讖緯思想が其の根底にあったのではと私は考えている。

2021-04-16 03:13:12

南華老仙人が張角に伝え授けた教えはオソラク讖緯の説を纏めたものである。それは古代中国から行われた陰陽説と五行説を用いた占や卜などの予言や未知・無意識の世界を読み解く術と業(わざ)であり、讖緯の説、讖緯思想、図讖などとも呼ばれていた教えだったのではないかと考えられる。

2021-04-16 03:13:13

ちなみに「讖」と「緯」とは別のものであり「讖」とは、未来を予言したり未知を垣間観ることを意味しており、予言書のことを「讖記」と呼んでいる。それに対して「緯」とは、儒教の経典に対応する「緯書」と呼ばれる書物群を指すものである。

2021-04-16 03:13:13

ようするに「緯書」は文字や言葉、言語として顕在化できる部分の教えであり、「讖書、讖記」は未来へ向かう傾向や未知を読み解く力や、潜在する世界へ如何にアクセスするかの教えの部分だったと考えられる。

2021-04-16 03:13:13

この「怪しき教え」である讖緯思想、讖緯の説は中国の歴史の中では政治利用もされ王莽の新の時代以来、王朝革命、易姓革命と深く結びつく密接不可分な存在であったため、時の権力からは常に危険視されていた。南北朝以来、歴代の王朝は讖緯の書を禁書扱いし、その流通を禁圧されていた。

2021-04-16 03:37:16

このような経験値から常に中国における時の権力は「怪しき教え」は「まやかしの教え」であるとし、このような国家のコントロールが効かない未知の力や働きは芽が出る前に摘んで置こうとする風潮は黄巾の乱より後に一層強くなって来たように感じる。

2021-04-16 03:37:16

古の時代なら国が民のために法術、呪術、妖術でも何でも借りれる力は全て借りて、天命に従うべく民と政が共に協力し合って、私たち以上の働きに何時でも自分たちを委ねられるような生き方を全うできるよう努めるのが民であり政であったが、今は大部分の民も政も何を信じて良いか分からなくなっている。

2021-04-16 03:37:16

別に黄巾の乱を起こしたい訳ではないが、ただ私としては、この辺りの易や卜などから始まり卦象、陰陽説、五行説、老子道徳経、荘子、黄帝内径など十三経四書に加え「讖緯の説」「陰陽道」などから日本と中国の気の経験の歴史の研究を見直すことをし、実際の稽古に繋げて行けたらと考えている。

2021-04-16 03:37:17
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